氷川丸(ひかわまる)
氷川丸(ひかわまる)は、神奈川県横浜市山下公園前に係留保存されている、歴史的な日本の貨客船です。横浜のシンボルの一つとして親しまれ、その波乱に満ちた生涯から「太平洋の女王」とも呼ばれました。
氷川丸の概要と歴史
- 建造と就航: 氷川丸は、日本郵船が北米シアトル航路用に建造した貨客船で、1930年(昭和5年)4月25日に横浜船渠(現在の三菱重工業横浜製作所)で竣工しました。当時としては最新鋭の大型ディーゼル機関を搭載し、豪華な設備と美しいアール・デコ様式の内装が特徴でした。船名は、さいたま市の氷川神社に由来しています。
- シアトル航路での活躍:
竣工後、すぐにシアトル航路に就航し、約11年間で73回の太平洋横断を行いました。この間、チャールズ・チャップリンや秩父宮雍仁親王・勢津子妃殿下、講道館柔道創始者の嘉納治五郎など、多くの著名人や文化人が乗船し、日米間の交通手段として重要な役割を果たしました。
- 戦時中の病院船: 太平洋戦争が始まると、1941年(昭和16年)に日本海軍に徴用され、特設病院船として改装されました。終戦までの3年半で24回の航海を行い、南方戦線から3万人以上の傷病兵を日本本土へ輸送する任務に当たりました。この間、3回の機雷接触や空爆などに見舞われながらも沈没を免れ、**日本郵船の大型船で唯一、終戦時まで無事だった「強運の船」**としても知られています。
- 戦後の復興と引退:
戦後もしばらくは復員船・引揚船として活躍し、約2万人の復員兵と約8千人の民間人を輸送しました。1953年(昭和28年)には再びシアトル航路に復帰し、多数のフルブライト留学生を乗せたことから「アメリカ留学船」とも呼ばれました。しかし、航空機時代の到来により客船としての役割を終え、1960年(昭和35年)に現役を引退しました。
- 係留保存と文化財指定: 引退後、解体の危機に瀕しましたが、保存を望む声が高まり、1961年(昭和36年)から横浜市の山下公園前に係留され、一般公開されるようになりました。そして2016年には、海上で保存されている船舶としては初めて、国の重要文化財に指定されました。これは、その社会・経済史上の役割と、造船・工芸技術上の価値が高く評価されたためです。
氷川丸の現在の姿と見学
現在、氷川丸は「日本郵船氷川丸」として、横浜の山下公園で一般公開されています。船内は当時の状態に復元・保存されており、以下のエリアが見学可能です。
- 客室エリア:
- 一等食堂: 当時流行したアール・デコ様式の美しい内装が特徴で、公式レセプションも行われました。
- 一等社交室: 華やかなデザインで、ダンスパーティーなども開かれました。
- 一等特別室: チャップリンも利用した由緒あるスイートルーム。当時の壁紙などが残されています。
- 一等喫煙室、一等読書室、一等児童室など、当時の豪華客船の雰囲気を肌で感じられます。
- 乗組員エリア:
- 操舵室(ブリッジ): 木製の操舵輪やアナログ計器が並び、当時の航海の様子を偲ばせます。神棚も設置されています。
- 機関室: 巨大なディーゼルエンジンなど、船を動かす心臓部を見学できます。水面下6mの場所まで降りることも可能です。
- 居住区の一部。
- 展示コーナー: 氷川丸の波乱に満ちた歴史や、船の文化について紹介されています。
- オープンデッキ: 土日祝日には開放され、船上から横浜港の景色を楽しむことができます。
見学情報
- 場所: 神奈川県横浜市中区山下町 山下公園地先
- アクセス: みなとみらい線「元町・中華街駅」4番出口から徒歩約3分
- 開館時間: 10:00~17:00(最終入館16:30)
- 休館日: 月曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)
- 入館料: 一般300円、シニア(65歳以上)200円、中学生・高校生100円、小学生100円(※現金払いのみ)
氷川丸は、激動の昭和を生き抜き、日本の近代化と国際交流の歴史を物語る貴重な産業遺産です。横浜を訪れた際には、ぜひその雄姿と船内を見学し、歴史のロマンに触れてみてください。